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	<title>FAPA / Fine-Art Photography Association &#187; Artist Talk</title>
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	<description>日本芸術写真協会（Fine-Art Photography Association）のウェブサイト。芸術写真、映像文化の振興と普及、日本芸術写真マーケットの確立と発展などを目的として2013年12月に設立。2014年には、芸術写真を取り扱うギャラリーと出版社・書店が主体となり、一般社団法人としての活動をスタート。</description>
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		<title>HILLSIDE TERRACE Photo Fair - Talk Session 004</title>
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		<pubDate>Wed, 13 Jan 2016 09:09:18 +0000</pubDate>
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		<title>HILLSIDE TERRACE Photo Fair - Talk Session 003</title>
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		<pubDate>Wed, 06 Jan 2016 15:00:40 +0000</pubDate>
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		<title>HILLSIDE TERRACE Photo Fair - Talk Session 002</title>
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		<pubDate>Wed, 06 Jan 2016 12:12:16 +0000</pubDate>
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		<title>Movie - FAPA Archives - Talk Session 003</title>
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		<pubDate>Mon, 07 Dec 2015 05:03:51 +0000</pubDate>
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		<title>Movie - FAPA Archives - Talk Session 002</title>
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		<pubDate>Mon, 07 Dec 2015 04:31:05 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[FAPA]]></dc:creator>
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		<title>HILLSIDE TERRACE Photo Fair - Talk Session 001</title>
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		<pubDate>Mon, 31 Aug 2015 08:18:22 +0000</pubDate>
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		<description><![CDATA[左から右へ：横田大輔、川島崇志、赤石隆明、野崎歓（フランス文学者／東京大学文学部教授）、後藤繁雄（編集者／京都造形芸術大学教授／G/P gallery ディレクター） &#160; &#160; 後藤：司会を務めます後藤 [&#8230;]]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[
<div><img class="rsimg" src="http://fapa.jp/fapa/wp-content/uploads/2015/08/TS_01_all.jpg" alt="TS_01_all" /></div>
<p><span class="caption">左から右へ：横田大輔、川島崇志、赤石隆明、野崎歓（フランス文学者／東京大学文学部教授）、後藤繁雄（編集者／京都造形芸術大学教授／G/P gallery ディレクター）</span></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>後藤：司会を務めます後藤繁雄です。よろしくお願いいたします。私の隣にいらっしゃるのがフランス文学者の野崎歓さんです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>野崎：こんにちは。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>後藤：写真家の方が三名いらっしゃっています。こちらから、横田大輔さん、赤石隆明さん、川島崇志さんです。この面々で進めていきたいと思います。お手元に「漂流」と書いたフライヤーがあると思います。最初に少しご説明しますと、実は「漂流」というグループ展を東雲のTOLOT/heuristic SHINONOMEという場所にあるG/P＋g3/ギャラリーで、この三人に加えて、メディアアーティストの八木良太さんとで開催しています。「漂流」とはどんなものなのか、ということですが、タイプが全く違う三人の作家にグループ展をやってもらうことを2012年に一度やっておりまして、この展示は二年ぶりです。今回はテーマを設定しました。アーティストみなさんに、フランスの小説作家・ミシェル・ウエルベックの『地図と領土』という小説をベースに新作を作ってもらい衝突させる、という試みです。ここにいらっしゃる野崎さんが、日本でウエルベックの翻訳紹介をされた方です。</p>
<p>　筑摩書房から出版された『地図と領土』は、あくまで小説なんですけれども、写真と絵画というテーマが様々に扱われていますし、アートマーケットというものが前提になっていて、非常に刺激的な内容です。物語の後半は2040年というが設定されており、SF的な背景、ある種パラレルな日常がテーマになっているし、いろいろなタイプの写真が登場するんです。ウエルベックは写真家ではありませんし、評論家でもなく小説家ですが、時として小説家というのは評論家がたどり着けない、芸術家が現実においては未だに作っていないような作品を提示する力があるんです。例えばリチャード・パワーズという小説家もそうです。彼の作品で、『舞踏会へ向かう三人の農夫』という有名な小説がありまして、これは本のカバーにはアウグスト・ザンダーの写真を使用しています。一枚の写真から、架空の巨大なストーリーを作っていくというかたちで、写真に予言的な力があることを小説化しているものです。また、W・G・ゼーバルトという小説家がいます。彼は骨董市で見つけた他人のアルバムからストーリーを作っていまして、小説のなかにファウンド・フォトがたくさん出てくるというスタイルを一貫してやっています。そういうような作家がいるんですね。ですから、小説家が、いわゆる写真評論や学術的文章を超えて、「来たるべき写真」というものを予言してしまうことがありまして、そういった事例としてウエルベックの小説があると私は考えます。そして、それをもとにキュレーションを行う、ということが面白いと思うわけです。精密な設計図を作って言いたいことを体現するタイプのキュレーターもいますが、私はとりあえず四人の作家には小説を読んでもらい、自分なりに解釈して作品を作ってそれを衝突させることをディレクションとして考えました。つまり、展覧会というものも、ひとつの事件であると思っています。ウエルベックを補助線にしながら、そこで語られている来たるべき写真の兆候というものに、若い作家がインスパイアされて、どういうものが出来上がってくるか。ですから野崎さんや出展作家とミーティングをして仕上げるということは一切やっておりません。野崎さんと作家は、今日初めて会っています。野崎さんも作家の作品を初めて見ているんです。このほうがキュレーションとしては刺激的だし、ものを作っていくことにおいては、良いことなのではないかという考えが私にありまして、こんな乱暴な企画になっているということを理解していただけたらと思います（笑）。</p>
<p>　みなさんにウエルベックの本『地図と領土』を回しておきます。ドキュメントみたいないわゆるストレートフォトではなくて、ちょっとコンセプチュアルな、頭脳プレーの入った写真、いわゆるコンテンポラリーアートの写真、そのヒントがこの本に詰まっているので、そういう写真を志向されるような方には是非読んでいただけたらと思います。</p>
<p>最初にウエルベックの『地図と領土』について野崎さんに話していただけたらと思います。野崎さんは、ジャン＝フィリップ・トゥーサンとかエルヴェ・ギベールとか、いわゆるフランス系の、写真と関わり合いがある方の翻訳も今まで多くて、結構写真について書いてらっしゃいますよね。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>野崎：三人の写真家の方々の新作、今までの展示などを見ておりまして、今日は楽しみにして来ました。同時に、この企画の意義というのは、実はここに来るまでなかなか分かりにくかったんですよ。後藤さんとは本当に昔からのおつきあい、ただしまあお会いするのは5年に一度くらいでしょうか（笑）。私はフランス文学やフランス映画が専門で、翻訳もいろいろとやってきたんですけど、今、後藤さんがおっしゃっていたトゥーサンとかギベールに関しての仕事を最初に手掛けたのは、だいたい25年くらい前なんです。トゥーサンの『浴室』が最初の翻訳なんですけれども。考えてみると今年ではや、四半世紀という記念の年になりました。だれかお祝いしてくれないかなと思っていたところです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>後藤：これがお祝い。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>野崎：嬉しいです（笑）。そういうふうにやってきて、折々で反応してくださるのが後藤繁雄さんというプロデューサーであり、キュレーターであり、その他いろいろ目覚ましく活躍なさっている方なんですね。そういった後藤さんの核にはどうやら、写真があるのかなと。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>後藤：そうですね。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>野崎：それで今言っていたトゥーサンも非常に写真的なエクリチュールでデビューしていて、今では模倣された部分もあり一般化していますけれども、トゥーサンの小説を読んでいただくと徹底的な断片性、一ページくらいでふっと切れて次に行く、ページとページの間に位分けがある、あるいは、白く飛んでいる部分がある。そういう断片のエクリチュールが25年くらい前にはとても新鮮で、後藤さんはすぐそれに反応してくださった。それからギベール、当時この人は期待されながらエイズに罹ってしまった。すごい美貌の若い作家でしたけれども。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>後藤：フーコーの愛人だった。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>野崎：そうですね。ミシェル・フーコーとかロラン・バルトが生きていた頃に彼らと親しく付き合い、熱気をはらんでいたパリの文化人サークルの赤裸々なあり様を、やはり断片的なエクリチュールで書いた。トゥーサンも自分で写真を撮って、写真展をよくやったりしているんですが、ギベールも写真をいっぱい撮っていて。そもそもル・モンド紙の写真批評家としてデビューした人だし。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>後藤：そうなんですか。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>野崎：ええ。その頃、後藤さんに初めてお会いして、後藤さんから、ギベールがらみの面白い企画を提案された記憶があります。残念ながら実現には至りませんでしたが…。後藤さんはアート、写真の世界を牽引していらっしゃいますが、僕はどちらかといえば文字の人間なんですね。「研究」という意味では、古いものにも素晴らしい作品が読みきれないほどありますから、それだけやっていても一生は優に過ぎてしまう。１９世紀の小説を愛好していますが、２０世紀になると映画というものがでてきまして、これがまた面白い。というわけでジャン・ルノワールをはじめ、いろいろと映画にも手を出すことになってしまって…。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>後藤：ジャン・ルノワールという映画監督は、オーギュスト・ルノワールの息子ですね。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>野崎：次男坊ですね。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>後藤：素晴らしい監督ですが、野崎さんが訳されたその本も素晴らしいんですよ。それとルノワールの孫も、写真家なんですよね。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>野崎：息子さんにはお会いしたことがありますが、お孫さんのことは知らなかった。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>後藤：写真をやっていたんですよ。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>野崎：そうなんですか。そこにもまた、写真につながる道があったんですね。でも僕は写真に関してはコンプレックスしかなくて、これまでの人生で成功した写真ってないんです。どんな写真を撮っても、全部失敗という(笑)。だから才能の問題って一番知りたいんですよ。つまり文章とか音楽だとプロとアマの違いは結構あるんです。まあ文章はそうでもないかもしれないけれど、音楽なんかだと如実に感じるところはありますよね。写真もその差はすごく大きいと思っています。写真は撮るほうにも撮られるほうにもコンプレックスがあるんですけれども、同時にいろんな作家と付き合ったり、文学を読んだり、映画を観たりするなかで、現代の文化の根本は写真だなと思わざるを得ないですね。なぜそう思わざるを得ないのかを今回考えたいな、と個人的には思っているんです。</p>
<p>　今日のひとつのテーマであるミシェル・ウエルベックは、今言ったように、後藤さんはぼくが訳したり書いたりしてきた本の非常に優れた理解者で、頼りにしてきたんですけれども、こういうコラボレーションは初めてですよね。書評がいっぱい出て嬉しいとかそういうのはあるんです。だいたい翻訳者というのは本当にアホですから、これ［『地図と領土』］は400字詰めの原稿用紙で800枚くらいかな。結構長いですよね。なぜ［翻訳を］やるのかというと、さっきも言ったように、研究だけならば、いわば絶対的な価値の認められている作品は山ほどあるわけなので、そういうものにどっぷり浸っている充実感ってすごいわけですよね。でも僕のなかで、若い頃にフランス文学とか世界の文学とかを学んで、まったく正体不明のまま手に取って読んで、どかんときた衝撃みたいなものを自分でも仕掛けたいな、というのが常にあるんですよ。つまり、今正体は分からないけれども、ものすごく迫力のあるものを日本の読者に読んでもらえるようにしたい。翻訳の仕事自体は地味で、静かなものです。何枚も何枚もひたすら訳すだけなんだけれども、訳している間はめちゃくちゃ高揚しているんですよ。つまり、近年のフランスでもこれほど面白いものは読んだ試しがないし、きっとこれを出したら、日本のあらゆるベストセラーは全部吹っ飛んでしまう、みんな驚愕してこれを争って読むだろう、と思って訳しているんです。毎回そうなんですよ(笑)。ところがもちろんそうはならず、毎回、翻訳出した後はちょっとがっくりきてしまうわけです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>後藤：なるほど。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>野崎：あれ、おかしいな、という感じで（笑）。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>後藤：でも、フランスでこの本はゴンクール賞を貰ったりしていて…。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>野崎：そうですね、ヨーロッパやアメリカでは評判が高いのですが、日本での反応はしょせんこの程度か、なんて思っていました。ところがそこにきて、後藤さんのおかげで本にとどまらない、こういう企画が実現してしまった。本当に初めてのことです。</p>
<p>　写真家の方々が訳書から何を受け取ってくださったのか。それを是非知りたいと思っています。今、後藤さんがご説明くださったように、これは作品自体が、またウエルベックという人自身もそうなんですけれども、文学は文学であってはいけない、要するに文学は文学にとどまっていては文学の意味がないという考えなんですね。何か社会に訴えかけるものがなければ、あるいは文学が他の芸術に対して何かを訴えかけなければならない、という思いが非常に強い。というのも、フランス文学は一種、エリート主義をきわめてきたところがあるので、いまやあまりに自己完結してしまったきらいがないわけではない。もっと文学を、文学の外に開いていくべきではないかというのが、ウエルベックが常に全身から発しているメッセージでして、それがすごく面白いと思いながら、僕にできるのは翻訳することだけなので、それを訳しています。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>後藤：最初、野崎さんがウエルベックの翻訳をされたのは『素粒子』ですか。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>野崎：そうですね、2000年くらいですか。『素粒子』は文庫にもなっています。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>後藤：これはすごい小説ですよね。『素粒子』やいくつかの小説を紹介していただいてもいいですか。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>野崎：ウエルベックは、現代のヨーロッパの閉塞というものと、ヨーロッパ文明がどうにもならないデッドロックへ乗り上げているのではないかという意識が非常に強い人なんですね。どうやって突破していけばいいのかということを死にもの狂いで考えている人ですけれど、同時に、そのなかでSF的なアイディアとか、プログラミング的な記号を出してきたりとか、実在の政治家や芸能人をいきなり小説のなかに出してきたりとか、いろいろなことを盛り込んでいますね。我々に問いかけている。破天荒な小説を書いている人なんですね。でも小説の文章のスタイルは基本的に、非常に読みやすい。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>後藤：そうですね、なんかクールな…。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>野崎：「デタッチメント」と言われますけれども、フランスに一時期あったような、ストーリーとか登場人物をすべて放棄して破壊するような方向から、もうちょっと読者としっかり物語を立ち上げていこう、ということに戻ってきた、そういった感じですね。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>後藤：『素粒子』は、登場人物が非常に、何というか、しがない、しょぼいキャラクターで、ヌーディスト・ビーチのような、いわゆる人間の欲望が生み出した資本主義の風景といった、そういう設定が多いですよね。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>野崎：ええ。彼自身がそういうところにどっぷりはまっていたということもあるんでしょうけれども、ウエルベックの面白さのひとつがエロスだったということは間違いないですね。でも今までのフランス文学の伝統だとエロスとかアムールというのは人間を解放して救いを与えるものだったんですが、ウエルベックだと「なんかダメだわ」ということが多いわけですよね。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>後藤：寒々しい。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>野崎：もういい加減いい歳になってくると、そんなことを言っていても全然幸せじゃないじゃないか、昔のみんなが真面目だった、慣習にしばられていたカトリックの時代のほうが幸せだったのではないか、ということになってきた。ウエルベックの作品にはとりわけ、男たちへのきびしい批判があります。西洋では男が上になってきたわけですが、男がダメなんだ、と。女はダメじゃない。男はひょっとしたら要らないかもしれない、という。男が持っている欲望の荒々しさとか、権力志向とか、そういうものに絶望しているところがある。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>後藤：そうですね。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>野崎：ただ、男はダメなんですけれども、男についてウエルベックのなかで唯一立ち上がってくるものがあるとすると、アートとか、あるいは科学とか、それから純粋な知の領域ですね。ウエルベックの小説のなかでも、そういうところでは意外と女性を排除するといったところがあります。あるいは、女性にはクリエイターの理解者、保護者役が期待されているというか。男は唯一文化に人生を投じることで許されるのかな、という。その辺りも、三人の写真家にうかがってみたい。</p>
<p>&nbsp;</p>
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